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2013年9月 4日 (水)

たこたこ西日本ツアー2013夏(その11:島原:土石流被災家屋保存公園にて)

 いよぉー、こんばんは!今朝の大きくて長ーい地震とゲリラ的集中豪雨には驚きました。こりゃ、東京練馬だけ?いやいや、とにかく久しぶりにイヤーな汗がたらーっと流れてきた感じでしたヨ。台風が上陸している(あっ、温帯低気圧にはなったの?)地方の方々は豪雨も大変そうですね。該当地域にお住まいの方々はくれぐれもお気をつけてくださいましね。

20130903012013090302 このブログの方は、まーだ8月14日(水)の午前中やってます。

 今日も”天変地異”系のハナシが、偶然なのか、はたまた必然なのか、ここでも続いているのであります。昨日までお届けしたのは、平成の雲仙普賢岳噴火に於ける火砕流の被災遺構でしたが、今度はその後に大雨が降り注いで山が崩れ、その土石流による大被害を受けた場所がそのまま”埋まったまま”となって保存されているスポット、”土石流被災家屋保存公園”を擁する”道の駅 みずなし本陣 ふかえ”にやってまいりました。もういきなりビジュアル的なインパクトがあり過ぎます。

2013090303201309030420130903052013090306 屋外の展示(?)はすべてこんな具合です。背景に見える現在の道の駅建物(白い建物)が建っているところは土石流の表面部分である事がいやでも判ります。

 もちろんウラを返せば、本来の標高位置はここに屋根だけがある家々の基礎部分だったのでしょうから、いかに大量の土砂が押し寄せてきたかがビジュアル一発で理解出来ます。3メートルくらいの厚みで四方八方埋め立てた感じでしょうか。

 埋まった家々の周囲には防護柵が張り巡らされており、遊歩道としてキレイな舗装すらされておりますので、そういった意味ではまさしく”公園”には違いないのですが、当時実際にこのお家にお住まいであった方々は、きっと複雑な心境であるに違いありません。ワタシなら、いまだ家の中に残っているかも知れない”大事な物”を掘り起こしたい衝動に駆られるコトでありましょう。

201309030720130903082013090309201309031020130903132013090314_220130903152013090316 傍らには白く大きなテント(と云うには立派)がありまして、こちらの内部は室内展示スペースとなっておりました。

 小屋の窓には”ここの地層の高さ 海抜約17m”とありましたが、この地域の海からの距離を考えますと、津波の心配もしなければならない標高だな、と思いました。

 屋内展示場の方には、若干建っている位置をズラした移築物件もあります。ちょっと立派な庄屋さん風の威厳ある建物なので、あえて残しておきたかったモノだと推測されます。

 テントとは云え建物の中に入れてしまうと、生々しさが薄れてしまいますが、保存のためには仕方の無いところです。

 生々しさと云えば、どういったワケか、この一帯のどの家屋にも屋根の上には「ソーラーシステム」だか、「太陽熱温水器」だかのユニットが置かれているところに直前までそこに住んでいた人々のナマの実生活がそこはかとなく嗅ぎとれてしまうので、それが却って土石流の被害における凄惨さを増長している様にも感じられました。

 一気に流れ来る土石流の波はとりあえず逃れたものの、地理的・地勢的な位置関係のもたらした極めて偶然の配置によって、この集落にはゆっくりゆっくりと濁流が流れ込み、斯くの如き光景を現出させたのでしょう。確かにコレは世界的に見ても極めて珍しいサンプルケースでありましょうね。

2013090317201309031820130903192013090320 再び屋外の展示スペースに出て、つぶさに埋もれた家々の内部を観察しながら歩いてみました。

 当時、土石流の到来は、既にあらかじめ予想されていたとの事で、この一帯の住民方はすべて避難を完了していたため、幸いな事に人的被害だけは免れたそうです。

 また、前述の様にこうして埋もれた家々に押し寄せた土石流は、そのスピードが極めてゆっくりしたものであったため、家が倒壊してそのまま流される事なく、その原形を残した状態で徐々に埋もれていったそうです。

 資料に拠れば、この時土石流に襲われた地域で倒壊した家屋は2511棟にも上ったそうで、人的な被害こそ無かったものの、ひとつの街が一気に消滅する事態とはなってしまいました。

20130903212013090322 ところで当日のワタシゃ、こんな感じの扮装(笑)。なんだか”懐かしのドリフ番組”に「ワーイ!ワーイ!」と云いながら登場する中年小学生みたいな格好に見えてます。暑さで顔もタレタレになっておりますね。

 有料の資料館には入場せずに、その対面にあった売店でソフトクリームを購入し、一気に融けようとするソレをカポッと口に入れながらも表側からガラス越しに埋ずもれてしまった軽トラックの残骸を撮影していました。・・・ああ、もう少し書き進める予定ではありましたが、本日は只今”目が限界”に達したのでこのあたりで失礼いたします(ホント、今回は”小出しの旅行記”ですんません!)。

 それじゃー、また明日!

 2013年3月4日以前の過去記事は、「マセラティでイッてみよう!:Part2」で。

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

ありゃりゃ・・・屋根だけ残して埋まってしまった道の駅がなんとも不思議な光景ですね。
旅のレポートの後半戦は社会見学風でためになりますなあ。

この日のたこちゃんの姿、まんま夏休みの中学生ですね。
麦わら帽子を被ってゴム草履を履いたら、これから山へ川へとお出かけです。
たこちゃん、このカッコで釣竿や虫取り網を持っても絵になりますよ。

↑まんま夏休みの中学生では無くて、小学生のマチガイでした。
中学生なら夏休みは虫取りなどせず部活とかやってるか。

本日、日帰りでいわきと白河に行ってきましたが、ゲリラ豪雨が降ったり止んだり。タイミング悪く顧客の店先で豪雨に合い、店から出るてクルマに乗った直後に止んだり。ズブ濡れ損でした。

えー!こんなになって保存されているとは驚きです。富士山も300年の噴火サイクルが近いとか、人事では無いなー。

このような保存は、住民の協力なしではなし得ないですね。
このあたりの意図も汲み取りながら、拝見させていただきました。

ちなみにぜんぜん”小出しの旅行記”ではないと思います。
これくらいの量が、ちょうど読みやすいです。
たこちゃんも日々お疲れでしょうし。

 火砕流の後は雨が降って、土石流でした。人が亡くなったとなれば残しがたいでしょうが、命を落とした人がいないのであれば、埋もれた家屋を残しやすいですね。イタリアのポンペイを思い出しました(行ったことないですが)。この道の駅から島原湾まですぐですネ。
 今年は、猛暑、熱中症、花火大会での火事、竜巻、豪雨、落雷と例年に比べて、人的、自然災害が多い感じがします。皆様も大難は小難に、小難は無難になるように。
 そういえば、シルバートライデント仮面は最近現れないな。。。

たこちゃん様、コメンテーターの皆様 はじめまして、よろしくです。私も 火砕流 翌年の正月に、現地に 行ったのですが、なんか荒れ地だなーと思った場所で よく見ると 家の屋根部分だけが見え 驚いたことを、思い出しました。普通に暮らして行けるのは、うんがいいだけ、なんですかねー。

シルバートライデント仮面のキメポーズ。
親指と小指を折り曲げ、人差し指と中指と薬指の三本を真っ直ぐに伸ばします。トライデントマークの出来上がり。
このまま掌をおでこに当てて、さあ皆さんご一緒に。
「シルバートライデント仮面、参上!」
・・・あるいは、
「シルバートライデントマスク、推参!」
銀色のマーカーで指を塗っておくと更に盛り上がります。
辛い時、仕事が行き詰った時、もしくは暇な時。
なんかヤル気が出て来ませんか?
このポーズ、流行らせよう。
町でマセラティを見かけたら、無言でこのポーズをとってくださいませ。

あとは、皆様でオリジナルのキメポーズとキメゼリフを考案願います。

いわき、白河方面にご出撃ということは、わたしは郡山JCあたりでシルバートライデント仮面さんと昨日すれ違っているのでしょうか。(ブログ無関係書込みすみません。)これからまた会津通いが始まります。

火砕流、土石流の荷重と質量の大きさと、それでも新しい地表にまた住み続けるという人の営みのしぶとさに感慨を抱きます。すごいなあ。

シルバートライデント仮面0G殿(←おぐさん)
ワタクシ、シルバートライデント仮面Smは隠密仮面。営業担当エリアの福島県へは営業車のフィールダーで通っております。会津でニアミスしていたかも知れませんね。

・・・シルバートライデント仮面は右手の武器がライダーマンのようにアタッチメントで交換出来るんだよ。
「トライデントアーム!」
右手を銛に差し替えてみました。
海に潜って魚を突くことが出来るのだけれども夏休みは終わってしまいました。
八丈島に行った時に新キャラが存在していたらこの武器が活躍したのになあ。
トライデントアームの使用は来年の夏まで持越しかあ・・・残念。
あ、トライデントアームを装着したままだと空港の金属探知機にひっかかりますから必ず釣竿と一緒に手荷物として預けてくださいね。

僕は医師として25年以上仕事をしている。でも、素晴らしい研究をしたわけじゃないし、人に誇れるような偉業なんてもの一つもない。ただ目の前の患者さんに最良の治療であれと願いつつ、日々の忙しさに追われているだけだ。3.11の時もそうだった。テレビで観ていたけど、こんなものすごい事が起こっているなんて思ってなかった。すぐに待たせている患者さんを診察室に呼び込んだ。そしてその後予感がしたのだ。自分のような人間はすぐにこんなものすごい事件、事故、災害の日を、忘れてしまうだろうと。50年以上生きてると、この後どんなふうになっていくなんてこと、なんかわかってしまう。3.11に何かとんでもないものすごい事が起こったってことは理解できたし、日本中が二度とこんな悲劇を起こさないようにしようと一色に染まったことも覚えている。でも、半年か1年たったらちょっと忘れちゃうんだろうなってことも思った。3月11日にはちょっと思い出すかもしれないけど。相変わらず日々診療の忙しさ、資金繰りに頭悩ませているんだろうなって思っていたけど、その通りになっている。
普賢岳の火砕流の映像は繰り返し流れたし、何人かの人たちが巻き込まれて亡くなった。でも、そんなこと繰り返し思い出したりはしないし、ずっと昔のことのような気がする、正直言って。でも、でも覚えていなくちゃいけないんだ、と今僕は強く思う。自分の心をノックし続けなきゃいけないんだと思う。でも、人間って馬鹿だから、なんかないと思い出さなくなってしまうんじゃないだろうか。普賢岳に焼けた小学校や埋もれた家屋が残っていることはとっても大切なことだと思う。でも、誰もここで死ななかったから残せたのかもしれない。3.11の現場では、防災センターや学校、体育館、乗り上げた船なんかを残すのは難しいんだろうな。でも、残さなきゃいけないと思うけど…

忘れちゃいけない、でも怖がって遠巻きにされたんじゃ困る。そこの兼ね合いが難しいところですね。
たこちゃんが書いた通り、噴火後当地の観光客はとうとう以前のレベルまで戻らないまま現在に至ります。前のとおり(できたらそれ以上)気軽に出かけていただき、お山を見てびっくりしたり被災遺構を見てしんみりしたり、そしておいしいものを楽しんでくださればありがたいのですが。
東北のできことに関しても、取るべき態度はたぶん同じでしょう。今度はクアトロポルテで攻め込む決意です。

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