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2013年12月 4日 (水)

懐かしのロード用自転車への道(その4)

 まぁー、ここのところは、マセラティシャマルと新旧のクアトロポルテに、ホント朝から日没まで、まさに浸かり切って生活する日々を送っているワケなんですが、そりゃーね、こんなワタシでも時々想うコトありますヨ、「どーしてこんな人生になってしまっているのか」と(笑泣)。このシリーズを書くにあたって記憶の糸をズルズルと辿っていたら、どーも、だいたいこの中学生あたりの趣味嗜好で人生”決定”してしまったのは間違いがない模様です。なんだか戯れに書きはじめた”このネタ”もあらぬ方向に脱線してしまい、なかなか完結しそうにありませんね(まあ、適度についてきてください:笑←自転車に御興味の無い方にはツラそうですが)。

 そもそもは”スーパーカーブーム”がはじめにありきなんですが、そのスーパーカーを見に行くための自転車を”作る”ところまでイッてしまってるところが、すでにしてどー考えても”ヘン”であり”イジョー”であります。

 昨日の「練馬のH」さんのコメントで「しかし、ブレーキの調整とか、フレームとの干渉の調整とか面倒だったでしょ。」と仰るのを拝見しつつソコで思い出したのは、”ブレーキ段付き変換ボルト”なる製品を購入して、”そもそも26インチホイール用に設計されたフレームに27インチホイールをムリヤリくっ付けた時に、どうにかブレーキキャリパーの取付位置を根こそぎ高くして結果的にシュー位置も嵩上げする”と云う手法を用いていた(そうしてダイヤコンペ(吉貝機械金属製)”赤シール”とかのセンタープルブレーキに交換したのだったと思う)コトでした。

 この26インチフレームは艶消しの黒で塗装されており(当時のジュニアスポーツサイクルはほとんどみんなこうでしたね:笑)、鉄製のドロップハンドルには”黒いビニールの”バーテープが巻いてある様なシロモノでしたが、図書館に行き、月刊”サイクルスポーツ”誌のバックナンバーをそれこそヤマの様に借りてきては夜も寝ないで(昼は寝て:笑)読破した結果、「とりあえず”鉄”のところを全部軽合金(アルミかジュラルミン)にするに如かず」そして「布製(ホントは革製の編み込み型であって欲しいものの予算が・・・泣)のカラードバーテープを巻いて、”ペグ(取り付け用台座)”を用いずにフレームに装備出来るロード用のインフレーター(空気入れのコトです←結構ハッタリが効くワリに”シリカ”などのブランド品でも安かった:笑)を付ければ相当”見栄え”が増す」との結論を得ました。

 とりあえず、本格的スポーツサイクルっぽく見た目を整えるため、オート○ックスに行って”ニッペのカースプレー(正式な色名前は失念したケド、確か初代いすゞジェミニ用のフレンチグリーン色だった)”をふた缶と塗装剥離剤を購入。来る日も来る日もフレームの剥離と全塗装作業に明け暮れつつ、その年も暮れました。

 スッカリ正月が明けて”お年玉”がワナワナとウナってる(この年はヤケにたくさんの親戚が我が家に集っていたため空前絶後の”実入り”であったのです)時分にワルいお友達が、「埼玉の志木ってところに”ヨ○ダ”って云う自転車パーツの安売り店(現在はこんなスゴイコトになってるらしい)があるから今度一緒に行こうヨ」と申しますんで、ある日曜日に東武東上線(カステラ電車←分かるヒトだけ分かってください:笑)で”前人未到の”志木なんてマイナー(当時)な街にイッてみました。

 駅からは結構遠くて、かれこれ20分ほども歩いたでしょうか。果たして目的の店舗は現れました。「んっ?思ったよりも規模がショボいな」と間口の狭さを見ては思いつつ、ある種敷居の高さを感じさせる佇まいであった木製引き戸をカラカラと開きますと・・・そこは奥へ奥へとまるでウナギの寝床のように際限なく続いている自転車パラダイスであったのでした。綺羅、星の如くに燦然と輝く”吊るしのブランドフレーム”と”一流ブランドパーツ”の並ぶ、およそ見たコトもない光景に胸は高まるばかり。

 それじゃー、また明日!(嗚呼、当分終わんねぇーな、このネタ:笑泣←後悔は先に立たず)

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

今日もお疲れ様でございます。
しかしすごいな、ここまで鮮明に覚えているとは。
ワルいお友達(笑)のお誘いが、手に取るように分かります。

懐かしいですね~
私は志木まで行ってヨ○ダさんに行き着けなかった
悲しい思い出があります、、、

今でもシマノクレーン、サンツアーサイクロン、など欲しいですね!
最近はサンプレ、ユレー、カンパ、舶来品に興味が移っていますが、、、
国産もいいですよね~

あぁ、フレームの剥離と全塗、やったな~~。懐かしい!

最初にマイクロ・デポに乗って行ったビアンキ、高校生の頃、中古の処分車をもらってきたものでして。。。ぼくの親友も同じところで一応700Cが付いてるロードもどきをもらって来ました。
ぼくのビアンキは滅茶苦茶ラッキーな一台でしたが、友達のはもっとボロく、エンド幅等も現代の規格とは異なるもの。で、プラモ用にエアブラシを持ってたぼくがオールペンすることに(笑)
剥離剤と大量の紙やすりで格闘しました。わたくしは拘るタチなのですが、友達の方が先に「そんなモンでよくね?」的なことを言い出す始末(泣笑) 期末試験も挟んで丸1月くらい掛ったのに、その後ヤツはもっと良いフレームをもらえることになり、あっさり血と汗の結晶を捨てやがりました(爆) はぁ。。。
ちなみに色はインプレッサのブルーマイカでした♪ホント懐かしい!

 そんな商品があって、ブレーキ調整をしていたんですね。センタープルブレーキなんて懐かしいのでしょうか。その言葉からカンパ Cレコード デルタブレーキを思い出しました(美しいです)。
 そして、全塗装を敢行とは。。。やはりその頃の体験が今に繋がっているんですネ。さすがにそこまではしたことありませんでした。そしてkkmustangさんもブルーマイカで友人の自転車全塗装経験あり。マニアックな店にマニアックなお客さん集まれり。。。そういえば、昨晩19時少し前、帰宅のとき、ロッソ205GTIに甲州街道、大原交差点で遭遇しましたが、多分違うかな。。。
 ヨ●ダは行ったことありませんでした。武蔵小山にあった自宅兼店舗の激安サイクルショップは、どうもサイクルプロショップ セキ○だったこと思い出しました。立派な店になっています。本部がもともとあった自宅だから間違いなし。。。なつかしーって、皆さん知りませんね(たこちゃんは知っている!)。スイマセン。

志木の怪しげな自転車パーツ屋がマイクロデポの原点だったのですね。
恐る恐るお店を訪問した岡本少年は自転車の魅力を嬉々として語る店主に魅せられて心に起業家精神を宿すのであった(←フィクション)。
ロード自転車編はマイクロデポの創業者・岡本和久伝記物語の序章だったのですね。

あの時代(今でもか)そこまでマニアックな世界だったのか。
先頃自転車レストアの本を見つけました、が、恐ろしくて買えませんでした。

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