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2014年10月 6日 (月)

マセラティ100周年!「練馬のH」さんの現地紀行写真シリーズ(その3:クレモナにて)

 はい、こんにちは!!う~、台風18号が事前の天気予報通りに進んでまいりまして、只今この東京練馬の頭上に居座ってるみたいです。”目”に入っているのか(追記:PM12:32 正午頃には台風本体は北茨城の方に過ぎ去ってた様です。今は晴れてムシムシと暑くなってまいりました。)、先ほどまでの暴風・暴雨がいったんおさまって今は不気味な静けさです。そのようなワケで、交通機関もマヒしている様子なので、電車や駅、空港などで足どめを喰らっている当ブログ読者諸兄のために、本日は異例の午前中アップといたしました。

20141006012014100602201410060320141006042014100605201410060620141006072014100608 「マセラティ100周年を祝う-大集会-」公式サイトでの説明を拝見いたしましょう。・・・翌9月19日金曜日、オーナー達はトリノへと移動します。最初にクレモナ近くのサン・マルティーノ・デル・ラーゴのサーキットに立ち寄り、1929年9月28日にクレモナの10kmレースで世界最速記録を達成したイタリア人ドライバー、バコニン・ボルザッキーニと彼の駆った16気筒の「マセラティV4」に敬意を表してサーキット セッションを開催します。・・・

 そんな移動の途中、アウトストラーダ上での”接近遭遇”風景でしょうか、信じられん物体が”飛行(笑)”しているのを捉えたカメラはグングンとその”物体”に近づいて瞬く間に追い抜いてしまった模様です。

 このアンビリバボーな飛行物体、その正体は御存知マセラティブーメラン様でありました!!

 「練馬のH」さんのコメント欄解説に拠れば、フランスから当イベントに御参加された御老人であるとの由。見事な白髪をなびかせながら、往年のイタリアンエキゾチックショーカーを、あくまで優雅に走らせておられます。いかにもマセラティらしい(笑泣)のが、左目が半目になっちゃってるところ。ここは、マセラティボーラやマセラティカムシン同様にシトロエン特許ハイドロ機構に依存したリトラクタブルヘッドライトポップアップ用油圧シリンダーの不調と云った状態なのでしょうか。ワタシ自身が一昨日のコメント欄で歎いていた様に「実際には来なかった、ン年前に夢想した未来」に恋焦がれ、ソレを追い求め続けているお姿には、共感を超えて後光がさしている様にすらお見受けいたします。マスプロダクションの志向性(嗜好性)の中からは、たとえプレゼン用のショーカーであってもここまで夢見ごごちにさせてくれるモノが今後生まれ出ずるコトは無かろうと思います。フランスからわざわざ自走にて斯くの如きイベントに参加して頂き、ワタシたち世代にとって、ホントにいいモン見せてくださいました。心から有難うございます!「とにかくカッチョいいぞ、じーちゃん!!(オレは、ヒジョーに難しいとは思ふが、こうなりたい:泣笑)」

2014100609_62014100610_62014100611_62014100612_52014100613_52014100614_42014100615_32014100616_32014100617_32014100618_32014100619_32014100620_32014100621_32014100622_3 そうして、夢の様な景色を堪能しながら、薄曇りのクレモナにあるサーキットに到着した模様です。ともに随走してきたのであろう古今東西のマセラティたちがこうして仲良く鼻先を並べております。

 頂いた画像を拝見する限りでは、さすがに、戦前のマゼラーティ兄弟製”ピュアマセラティ”こそ居ない様でしたが、戦後すぐのOSCAは居るし、オメール・オルシ傘下時代、シトロエン提携時代、デ・トマソ傘下時代、フィアット子会社時代、フェラーリ子会社時代、そして現在のフィアットクライスラーコントロール時代のそれぞれに製造されたMASERATIたちが満遍なく網羅され、場内の熱気が静かに伝わってくるのを感じさせられます。

 こうしたMASERATIたちの中には、ワタシにとっての”日常(笑)”であったり、かつて自らが所有していた(遠い目:泣)車種もあったりで、はやり嬉しく思います。

 日本に於けるスーパーカーブームの頃(1976年~1978年あたり)には、いまや知る人も少なくなったシトロエン提携時代の作品群が現役でありました。もちろんブームの渦中にあったのは、当時のミッドシップフラッグシップであったマセラティボーラや、ほとんど同じフォルムを持ったマセラティメラクなどの、どちらかと云えば派手で目立つ車型のモノばかりでありました。よってブーム当時に”真正オルシ時代”に製造されたマセラティ各車について言及出来ていたのは、友人の中でもごく少数(ブックガレージの高橋君とかね:「ミストラルとかインディって知ってる?」みたいな:笑)であったモノです。

 そこから、MASERATIと云うブランドの深い歴史にまで興味を抱き、CG誌のバックナンバー(1960年代中期から1970年代中期までのモノ)を買い漁る日々が続きました。そのような中でも、当時の情報量にはおのずから限界があり、東洋の島国にあってはMASERATIと云う銘柄のマシンはどこまでもミステリアスな存在であったのです。A6シリーズの全貌なども、いまや海外の研究者たちによって相当深く考察されている文献があると思われますが、このあたりの戦後まもない時期のモデルにあっては、我が日本でその存在を知る方自体が選ばれた極々少数の方々に限られていたのだと思われます。また、残念なコトに、「フォトジェニックでない」と云うのもマセラティ各車の伝統芸能(笑)である様でして、どのように写真を撮っても実車の持つ圧倒的なオーラ感が写り込んで来ないのです。上にあるマセラティ3500GT(byツーリング)なども、その筆頭。伸び伸びとしていて威厳があり、一方で顔立ちからはどこか愛嬌すらを感じさせるグッドデザインなんですけどね。

 マセラティA6GCSピニンファリーナはノーズがほとんどマッハ号(笑←ま、この時代のイタリアンプロトタイプスポーツカー群を”リスペクト”して絵を書いたんだろうけど)だし。そうそう、コレ書いてて想いいたりましたが、マッハ号だって「”実際には来なかった、ン年前に夢想した未来”に恋焦がれ、ソレを追い求め続けているお姿」の所作にホカなりません。吉田竜夫先生だって、このマンガが生み出された1960年代中盤の現役レーシングプロトの世界においてノーズ三分割のフォルムなどすでに時代遅れも甚だしいと云った御認識は充分に持ちつつ、あえてこのモティーフをデザインの中心に持ってきたのだろうと思います。

2014100623_22014100624_22014100625_22014100626_22014100627_22014100628_22014100629_22014100630_22014100631_22014100632_2 ついつい、懐かしいハナシばかりに花を咲かせてしまいましたが、今度は現在のマセラティ社が持つレーシングテクノロジーのすべてを注ぎ込んだマセラティMC12コルセの点描が続きます。

 ピット内ではこれから始まるデモンストレーション走行の準備に余念がありません。

 リアのカウルをガバっと取り外しますと、1970年代後半のフォーミュラー1で流行した様な左右二分割で空気取り入れ口のあるインダクションポッドの下に、「12気筒の静かな情熱」が息づいています。美しいマセラティブルーの結晶塗装に彩られたヘッドカバーに浮き出る”Maserati(筆記体)”レリーフ文字は、貴方のビトルボ系マセラティ、フェラーリ系マセラティのヘッドに在るモノとまったく同じではありませんか!!こういったところをハズさないのが、マセラティブランドをなんだかんだ云っても営々と100年も維持してこられている理由なのかな。

 翻って考察すれば、ヘッドカムカバーにこの”Maserati(筆記体)”レリーフ文字を採用した嚆矢は、なんとシトロエンSM用(Tipo C114)に作られた後のメラク用ユニットからなんですね。

 ですから、まだマセラティビトルボ出現以前であったデ・トマソ傘下時代の極く初期には、筆記体レリーフを持つエンジン搭載車(メラクSS)と、マセラティカムシン、マセラティクアトロポルテⅢ、マセラティキャラミなど、戦後ロゴ書体レリーフ(上記のマセラティA6GCSピニンファリーナのエンジン画像を拡大して御覧になってください)をカムカバーに持つエンジン搭載車が混在して売られていた事が理解出来ます。筆記体レリーフは1970年に出てまいりますので、コレは1960年代までの旧いオルシ時代への決別をも意味していたのかも知れません。そんな1970年ももはや44年前となり、マセラティ100年のほぼ半分を経過した事となりました。

 ともあれ、1960年代後半にビミョーに(笑)活躍した24バルブV12(Tipo9/F1)ユニットや36バルブV12(Tipo10/F1)ユニット以来、実にほとんど40年振りのマセラティV12がこうしてクレモナを走っております。どんな音が聴こえて来るんだろうな・・・(ココは脳内ドップラー効果を効かせながら、画像を拡大して見てくださいネ:笑)。

2014100633_22014100634_2 ・・・おそらくは、モダーンマセラティV12の咆哮をしばらく聞かされて、脳内がぐるぐる状態になってたコトと思われる「練馬のH」さんも、サーキットを後にして、一路トリノ方面に舵を切ろうとしている模様ですが・・・オモテには、まだ現実と非現実が交錯するよな風景がくっついてきて(笑)いる様子が伺えます。マセラティ5000GT(2ndシリーズのアレマーノボディ)[MASERATI Tipo103(5000GT) with Allemano coachwork]が何食わぬ顔して走ってるなんて非日常そのもの。なんと申しましてもすべての形態をあわせて、たった32台(そのうちアレマーノ架装車は、最多ではあれど20台!)しか作られなかったマシンの(しかも50年後の)中の一台ですからね。一方で給油中のマセラティシャマルの方は、すでに「練馬のH」さんの中では”日常の中の非日常”と化しておりましょうから、シンパシーを感じての撮影なのかと類推いたします。ブルーのボディがステキなシャマルですね。

 それじゃー、また明日。

 マセラティでイッてみよう!Part2・Part3を通したすべての過去記事への一気到達用ページ(このページが便利ですので”お気に入り”にブックマークしてください)を新設いたしました。

 また、2013年3月4日以前の過去記事のみの閲覧は、「マセラティでイッてみよう!:Part2」で。

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

土日と近所の神社の祭礼でアルコール漬けになっておりました。
昨日は生憎の天気で神輿は出せず、昼過ぎから飲みっぱなし。

疲れた体に彼の地で躍動するマセラティが沁みますなぁ・・・

↑「テツヲタ」さん、早速のコメントを有難うございました。
実は昨日の朝早く、春日神社境内前をクルマで通りまして、「今日はテツヲタさんのところ、お神輿やるのかなぁ」なんて会話をしていたんです。やっぱ中止でしたか・・・。

Iです。
ブログのアップも早いですが、コメント書き込みも速いですね。テツヲタ様。
たこちゃん様が仰るとおり、マセラティって現物を見ないとダメだと思います。一時期所有させていただきました、クアトロポルテⅣですが、当初雑誌とかで見てましたが何とも思いませんでしたからね。
理解するのに時間を要しますが、理解しちゃうと離れられなくなるのが、マセラティじゃないでしょうか?

 うあぉー。早いですね。午前中は台風で仕事になりませんから、デスクワーク正解です。私も6時過ぎに家をでて、早めに出勤。でも台風の影響で、午前中はやや空き気味でした。。。
 1、2枚目の写真は、泊まっていたモデナのカナル グランデというホテルの前で、たまにあのデ・トマゾの息子さん(サンチャゴだったか)も、カフェしに来るという老舗です。そのホテル前にマセラティ 3500gt ヴィニャーレが停まっていて、フランス人老夫婦が出発の準備をしているところでした。
 そして、高速で見つけたブーメランには、興奮というか笑いが止まりませんでした。このときは旦那さんが一人でドライブしていましたが、その次の日は、横に奥様を乗せてドライブされていましたので、きっと「今日は、高速で、モデナからクレモナ経由で、トリノでしょ、長距離乗るのは疲れるから、あなた一人で行ってね」って言われて、一人ドライブを楽しくか?寂しくか?していたのでしょう(どっちだ)!?
 サーキットに次々到着するマセラティたちをみると、なんとも言えない「みんなほんま好きなんやねー」って関西弁になりそうでした。サーキット走行は皆様ほどほどに楽しまれていて、爆音走行は、MC12の3台のみでした。あとは現行ギブリとグランツーリスモを使ったドライビングレッスンなども開催されていたようです。
 この紺のシャマルのオーナー(オーストリア)とは、持参した自分のシャマルの写真を見せて、少し話をしました。で、気のいい日本人は、空港で買った、「ザ、日本!」という感じのやや小さめの風呂敷を差し上げました(笑)。
 そう、つくづく思ったのが、不安はあるものの、イタリアにシャマルをもってきて、このツアーに参加できていたらなーと。。。当初は、日本から2-3台持っていこうかという話もあったのですが、、、なかなか。

なんというか桃源郷ですなあ。

あ、たこちゃんさんお忙しいところ的確なアドバイスありがとうございます。
とりあえず新聞紙と「オカモト」株式会社の除湿剤「水とりぞうさん」を処置しております。
こんなものまでつくっておられたのですね…。

↑いつも、皆さん有難うございます!!
 今日は、ちょっとトリッキーな更新ですみませんでした。おかげ様で午後から夜に掛けては、左右の五十肩(泣)をおして、マセラティクアトロポルテⅣ(世田谷のSさん号)のドアトリム取り付け作業に心おきなく従事出来ました(超匍匐なんだケドね:笑)。東京練馬でも、いまだ強い風は吹き荒れておりますが、台風一過の夜空を眺めますと、まさにナイトブルーメタ(「Wさま」さんの:笑)そのものの色を呈している中にポッカリと”ほぼ満月”が浮かんでおり、とても心が和む秋の夜となっておりますヨ。

皆さんお晩です!!

まぁ~なんということでしょう!(ビフォーアフターの加藤みどり風に読んでください!笑)
みなさんのコメントの速さ!!(ちゃんと仕事してますか?私はしてませんが・・・笑)
しかしまぁ~~夢見心地のくるまたちですなぁ~~
実物をご覧になった「練馬のH様」たるや、どんな心持ちだったのでしょうか??
しかししこのようにレポートしていただき、感謝です!!(ホントはホルモン行きたかった!)

イタリアの町並の景色は優れたデザインのクルマのシルエットを見事に引き立ててくれますなあ。今回の100周年特番の海外ロケは本当に楽しいです。
自走するブーメランは白日夢か?
この素晴らしい非現実且つ超現実。愉快、愉快!
しかし、今回は盛りだくさんで贅沢ですね。楽しく且つ勉強になります!
MC12の存在も嬉しいです。マセラティの歴史には紆余曲折有りますが、元々はレースでの勝利を目指すメーカーの誇り。子供の頃からの夢だったランボルギーニは創設の動機が不純だもの・・・。
練馬のHさま、素晴らしきレポートありがとうございます。

たこちゃん先生、近々、車検&整備の相談に伺います。タイミングベルト交換の時期なのでエンジン降ろさねばなりませぬ・・・。

本日の台風、今朝は電車が止まらないうちにと5:30に家を出たものの、間引き運転で駅に電車が来たのが6:00、普段座れるはずが座れなく根性で
出勤。おまけに帰りも電車が来なくて30分待たされ、ヘロヘロの帰宅です。
皆さんのコメントを見てますと、大きな影響はなかった模様で、とりあえず良かったと思います。

本題に戻し、やはりブーメランの走行シーンは貴重です。
意外に渋い色が多い印象を持ちました。
シャマルのブルー、初めて観ますが意外に似合っていて驚きです。

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