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2014年10月21日 (火)

都会に出でて、マセラティと邂逅す(その2)

 はい、こんばんは!本日も朝からハッキリしない天候でしたが、一台のマセラティスパイダーザガートがお嫁入りして行きました。名古屋のMさん(本日も美味しい和菓子の御土産を有難うございました!Tメカさんにもよろしく。)、ローダー車を連れて朝の4時半起きでお越しになったのですが、コチラを出たのは一瞬晴れ間の出た午後3時前(ローダーに載せてボディカバーを掛けて)だったから、今頃はどのあたりにいらっしゃるかなぁ。

20141021012014102102 ・・・一方、コチラは一昨日の赤坂サカスの続きです。ギャラリーコーナーではマセラティ100年の歴史の中から抽出された三台のマシンが輝きを放っておりました。

 う~、でも手前の二台はワタシにも少なからず御縁のあるマセラティさんたちですね。ただし、こうして美しく磨き上げられた状態でスポットライトに照らされた姿を見ると、ちょっとヨソヨソしく見えるところに却って新鮮な驚きを禁じ得ません。

201410210320141021042014102105201410210620141021072014102108 このマセラティA6 1500ピニンファリーナクーペは1948年デビューと申しますから、日本では昭和23年ですぜダンナ衆!!

 まぁ、同じ大戦同盟国で、真っ先に白旗アゲた国であるイタリアは日本より一年早く戦後処理に取り掛かれたんでしょうけども、この時期の我が国ときたら、街にはヤミ市、BGMはリンゴの唄で、足にはゲートル巻いた復員兵が雑炊啜ってる様な、戦後を描いたドラマや映画などのワンシーンを彷彿とさせる風景が全国のいたるところで見られた時代相であったコトでしょう。

 実は、このピニンファリーナボディに於いて当時すこぶる画期的であった部分は、フェンダーがボディラインの中に組み込まれているという現在では至極あたりまえのコト自体にありました。う~、分かり易く言い換えますとね・・・あホレ、今でもモーガンとか、(ケーターハム)スーパー7とか、ああいうのがあるぢゃないですか。別体のフェンダー部分を持つボディデザインが戦前までは普通の自動車造形だったところに、このカタチだったのですから、ソレはワタシたち世代が始めてカウンタック見た時よりもインパクトはあったんじゃないかと思われます。そういった意味でも自動車史上に残るエポックメーキングなマセラティとも云えます。このA6クーペには縁あって、本邦に上陸した直後の現状からはじまってサフェーサーに包まれていたレストア途上状態から色が入っていく過程までも具に見ていた個体(ウチは実作業に関与はしておりませんが)なので、いつ見ても親近感が湧いてくるのです。エンジのトリムの小洒落た内装、全体のアピアランスからすれば長大なボンネット、どこまでもナイーヴで甘美な曲面美、繊細なウインドーピラーなどなど、多彩な見所が一台に凝縮されております。いまだ曲率の強い強化ガラスを製造する技術が無かった時代のヨスガは、フロントウインドーシールドのど真ん中を縦断するセンターピラーの存在に見てとる事が出来ましょう。ここだけが戦前テイストなのです。

2014102109_22014102111_22014102110_32014102112_3 ・・・続きまして、当ブログ内では「Rたろう先生シャマル」と二台双璧の有名なマセラティシャマル。当ブログの超常勤コメンテーター軍団(笑)のお一人「練馬のH」さんが、現在のインポーター殿に乞われて当イベントへの展示に臨まれたというモノです。

 この展示を見て、ウチの”たこヨメ”は涙腺がユルくなって真っ赤な目してました。

 思えば、今まで当店の送り出したマセラティたちがこうして人前に展示される機会はあんまりありませんでしたからね。しかも正規インポーター主催のマセラティ公式イベントへの展示は、思い返してみても初めてではなかろうかと思います。とかく現在の本社からは黒歴史扱いをされているビトルボ系マセラティですが、我が国では「本当にスゴかった、バブル景気のアノ活気」をも想起させる部分(それは日本人中高年のマインドを力強く揺さぶる)が多くありますので、マセラティエクスペアリアンスと題した”云わば入門用”イベントの歴史的展示車として一般大衆の目に供するには、他の二台とともに大いに的を得ていると思われ、日本インポーター殿の車種セレクトにはアタマが下がります。実際にワタシが小一時間ほど周辺をウロウロしている間にも、ベッタリと張り付くように凝視していた方々は数知れずでありました。「練馬のH」さんには”たこちゃんズ”が心から感謝いたしておりますヨ。手前ミソながら、ウチの出したクルマにスポットライトを当て”展示品然(ガンディーニ作のオブジェ)”とさせて見ると斯くもカッチョいいんですね、今まで知らんかったケド。本当にちょっとダケ誇らしかった・・・いい経験をさせて頂き有難うございました。こういったフローリングにスポットライトのショールームをいつか作ってみたいよなぁ・・・。

 それじゃー、また明日!

 マセラティでイッてみよう!Part2・Part3を通したすべての過去記事への一気到達用ページ(このページが便利ですので”お気に入り”にブックマークしてください)を新設いたしました。

 また、2013年3月4日以前の過去記事のみの閲覧は、「マセラティでイッてみよう!:Part2」で。

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

いつもお世話になります。
素晴らしい輝きのシャマルです。
本当に素敵です。
これまでのご苦労が報われたのではと思います。
マイクロ・デポの皆様、支えるご家族の方々、
これからも是非頑張って下さいますようお願い申し上げます。
練馬のH様も本当に素敵な車を所有されうらやましい限りです。

↑あぅ~~~ハンチョーさん、お久しぶりでっす!いつも暖かいコメントを有難うございます。秋になったので、またドコかに御一緒したいですね。「遊びましょ!!」

愛嬌と気品と威厳とを・・・。
ロングノーズと流麗な曲線美のA6クーペは素敵ですね。

一方、練馬のHさま駆るロッソシャマルは美しい紅の毛皮をまとった獰猛な獣。
その精悍且つ凛々しいフォルムにシビれます。
シャマルはウイリアム・ブレイクの幻想詩を連想させます。
夜の森で輝き燃える虎よ、虎よ。
その禍々しき奇跡の均整美をデザインした者は・・・?

皆さんお晩です!!

赤坂サカスでのイベントにおける「シャマル」は本当に素晴らしいです!
実際に目にしてきて、心の底から「かっちょいい~~」と思います。
素敵なフローリング敷きのショールーム、作れたらいいですね~~
でも、今のマイクロ・デポさんで拝見する車たちも、十分素敵です!!
マイクロ・デポ皆さんの、思いが詰まってますから・・・・
これは展示する場所に関係ないのではないでしょうか?
(いや、少しは関係があるかな?、・・う~~ん、結構・・・・・・ははは)
まっ、綺麗にこしたことはないと思いますが、今のデポさん
私は好きですし、落ち着きますよ!!

 さっき、シャマルが無事戻ってきました! 今回はMaseratiと入ったデカい車載車で帰還!!すぐ帰ればいいのに、ちょこーと夜の街を流してから帰宅。赤坂サカスで見たのとは違うよーな感じですが、とりあえず拭き拭きして、冷ましてからカバー(泣)かけてあげました。
 本当にあの場所でみると、自分のものでは無い感じでしたね不思議です。さてはともあれ、無事にお仕事完了です。デポ謹製シャマルは、どれだけの人に見てもらえたんでしょうか?マセラティの売り上げと、デポへの問い合わせが増えることを期待します!!!

なんだかとってもうれしいですね。
もうそれだけです。

うん、確かに嬉しいです。

床はフローリング、照明はスポット。あと壁・天井の仕上と予算と敷地を決めて頂ければ、すぐにでも新ショールームの設計にかかりますね。

「この展示を見て、ウチの”たこヨメ”は涙腺がユルくなって真っ赤な目してました。」いい話です。

これからも、一顧客として応援していきたいと思います。

ビトルボ期のマセラティは、ある意味本当に自由に作れた時期だったと思う。
財政上の制約はいつの時代にもあっただろうが、今のように親会社の顔色を窺って、豚だの河馬だの作んなくてよかった。
誰が親会社よりちょこっと弱い車を作りたいもんか。

太古の時代のマセラティはかっちょ良かった。
ジェラ期になるとやたら大きくなってかっちょ悪いものが出てきたけど、レーシングカーはかっちょいいもんだった。
セブリングⅡを買いそうになったけど、実車を見て、座るとやたら違和感が強かった。
外見はまんまセドリックみたいだった。
こりゃ好きになれないな、と思いました。

シャマルには当時の職人、マセラティという会社の情念や怨念と言ってもいいほどのものが詰まっている。
呪詛が詰まっていると言ったら言い過ぎだろうか?
F40の能天気さとは対極にある。
それがあの車に尋常じゃない佇まいを纏わせている。
馬鹿なヨーロッパ人がランボルギニーオレンジに塗ったシャマルを見たときは、「死ね、死ね、死ね、そして末代まで呪われるべしsign01」とつぶやきましたでせう。
何故たこポンがビトルボ期のマセラティをやり始めたかはちゃんと聞いたことがないけど、この時期のマセラティにある情熱、そして怨念に心打たれたのは間違いない(ホントかよ?)。
そのたこポンが、己の人生の呪詛をずりずりと匍匐前進しながらまき散らし、仕上げたシャマルは、まさに真にその成り立ちに相応しい姿を見せているから、閉塞した社会に対し一触即発の輩を引き付けてしまうのもむべなるかなというところでせう。

 赤坂サカスまでシャマルに会いに行きました。キレイなお姉さんのいる広場の奥で、静かにでもめらめらとオーラを放っていました。イベント終了ぎりぎりまでその場を離れることが出来ませんでした。
 練馬の小さなばっちいガレージからメジャーデビューさせてくださった練馬のH様、そしてデポを応援し、支えてくださっている多くのお客様に感謝の気持ちでいっぱいになりました。(喜・泣)
 そして最後に・・・都心のオープンカフェでのワイン・・・最高の時間でした。(安楽亭じゃないしホルモン屋じゃない)ってそっち??

キレイなお姉さんの写真も見たかったなぁ。。。。

 りゅたろうさまのコメントは、まさにと強く同感します。(あ、そうそう、イタリア100周年でみたランボルギーニオレンジで塗ったくった車は、シャマルじゃなくてギブリです。綺麗だったけど、ちょっとね違うかなと。あと何回か見ているうちにセブリングIIはいい味でてんなーって思いますヨ。)
 14日の夜にデポに急に伺ったのは、ネジ1本のことだったんですが、赤坂に展示される前にどーしてもどーしても完璧にしたかったんです!!で、15日に運ばれて行きました。たこちゃんに言われた、クリアオレンジに塗っといてねーっていうのだけ実行できませんでした。というのも家に帰って、調べたらその色持ってなかった(アガーッ)。
 たこちゃん、たこ嫁さま、シャマルが御呼ばれしたのは、きっと増上寺に展示された(このときの車両の選択を誰がしたのか、不明ですが、おそらくEさん?)のを、マセラティ ジャパンの人がみて、綺麗に仕上げてあるので、選ばれたんではないでしょうか?ということは、とーぜん、デポの車両であることも了承して、十分わかった上で選ばれたんだと思います。これは本当に凄いことですヨ。
 でもやれやれ、ヨカッタよかったです、展示できて。感謝です。
 綺麗なおネーサンの写真は、撮らなかったなー、車の隅っこにちょっと写っている位で。。。この会場で分厚いパンフレットが、もらえたらしいのですが、そのためには連絡先とかを記入しなきゃいけなかったらしいです!?さすが!

素晴らしい!
やっぱり,いつかはシャマル です...

シャマルカッチョヨイデスネ!
良かった、良かった。

あれ、でも最近綺麗なお姉さんいらっしゃるときありますよね、デポ。
電話など一瞬どっきりします。

いやーいいお話です。ボンネット開けると、また驚かれたことと思います。

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