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2015年1月16日 (金)

旧車と中古車の境界線について考える(やっぱり、その2)

 はい、こんばんは!本日は少し寒さも和らいで、好天のまま最後までいくのかなぁ~と思っていたら、午後から”気圧の変動”を自身のカラダが感じはじめました(要は節々がイタくなるのよ:笑)。はたして、夕方からは一転の雨模様になって現在にいたると。

 ・・・で、そんな今晩は、先日のブログ記事”このネタ”の続きなんですが、そーでなくとも、いつもコメントの少ない金曜日の夜でもあるコトだし、なんかいよいよ盛りサガりそーだよなぁ(泣)。ま、ともあれ自ら漕ぎ出しちまった舟ですから、ギッチラギッチラとユックリまいりましょうね。

 その後も皆さんのコメントを読み返しながら、アレコレと考えておりました。特に「練馬のH」さんからは、”旧車”にとって替われそうなコトバを列記したコメントを頂きましたので、このワード中になんらかのヒントは隠されてないものか、などとも思いました。ところで、この”リスト「旧車、ビンテージカー、ヒストリックカー、オールドカー、クラシックカー、中古車、ノスタルジックカー、ネオクラシックカー、ネオノスタルジックカー、ネオヒストリックカー、新古車、懐古車、used car, a pre-owned vehicle,  previously-owned car, cream puff, reconditioned automobile, secondhand car、、、、、」”の中には”絶版車(テツヲタさんが提示した「生産が終了した(新車では買えない)クルマ)」”の概念が入っているコトバが意外にも無いんですね。コレがどうしたワケだか、国産車の場合には「旧車=絶版車」と云う分かちがたい関係性がそれぞれのコトバの持つニュアンスにも含まれている様に思われますが、少なくとも本邦に於いては、欧州車の場合には”絶版”と云うコトバがなぜかそぐわない様に感じられます。

 年齢とか生きた時代や場所によっても、中古車が旧車化するタイミングは変わってしまうのかな?

 例)たこちゃん(本日現在、満51才)と云うヒトの場合

 ・1963年に御生誕(笑)

 ・1976年頃(中学一年生)から一貫して”脳内スーパーカーブーム”を維持

 ・その頃にはランボルギーニミウラSVなら、いまだ3~4年落ち。同じくカウンタックは現役でLP400が新車で買えた。マセラティボーラもメラクもカムシンもぜ~んぶ現役で新車が買えた。フェラーリ365GT4ベルリネッタボクサーも新車で買えたし、同じく365GTB/4(デイトナ)やディーノ246GTが、やっぱり3~4年落ち。ランチアストラトスなんて、売れなくて大バーゲン価格で新車(新古車)を何年も売ってた。・・・その当時、2万キロ走ってたら「ヴェテランカー(大古車とすら)」と呼称されてた。だから、その頃の5年落ち車と云えば、国産車も外国車も皆”旧車”だと思ってた。

 ・1983年頃(ハタチになった)免許を取って、1976年式の最終型スズキフロンテクーペGX-CFを購入した。その段階で7年落ちだったワケなんですが、買った気分は”超旧車(笑泣)”。

 ・ソレから幾星霜(ってか、32ねん!:大泣笑)、20年落ち以上の欧州車をフツーに売ってるお店の店主を絶賛実践中。

 ・・・

 ・・・

 ・・・このように、皆さんの年齢に応じてフェイスブックのタイムラインよろしく、御自分がある年齢の時分にはどのようなクルマが新車で買えて、どのようなクルマが中古車として流通し、その頃”旧車”や”絶版車”と目されていたのはどのような車種(世界各国の)であったかを想起してみると面白いですヨ。ワタシと我が愛しい顧客方が、今どき如何にトンデモない世界に身を投じて(笑)いるのかと、あらためて想うモノです。

 上記の例のヒト(笑)のハナシを、現在ワタシの脳内フィルターを通して見ますれば、ハタチの時点で5年落ちならマセラティボーラやカムシンやメラクが普通の”中古車”として在って、15年落ちなら5才ですから・・・え~っと1968年(昭和43年)ですか、トヨタ2000GTもマツダコスモスポーツもダイハツコンパーノスパイダー(コペンの御先祖)もみんな圏内であったと云うコトになります。20年落ちともなりますと、マセラティなら3500GTとかですよね。うん、ハタチの時点でもマセラティ3500GTなんかはいわゆる”旧車”では無かった、もう既にヴィンテージの風格があった様に思われます。

 今現在20才台のヒト、30才台のヒトが”ビトルボ系マセラティ”を御覧になった時には”旧車”を通り越えて”超大古車”と映るのかも知れません。但し、このあたりは「チガうんですよぉ~」とヒトうんちく垂れてみたいモノと思っております。往時の技術水準と現在のテクノロジーや周辺環境は単純に比較出来ないモノです。このあたりを続きで論じてみたいと考えて、本日はこのあたりで。

 それじゃー、また明日!

 マセラティでイッてみよう!Part2・Part3を通したすべての過去記事への一気到達用ページ(このページが便利ですので”お気に入り”にブックマークしてください)を新設いたしました。

 また、2013年3月4日以前の過去記事のみの閲覧は、「マセラティでイッてみよう!:Part2」で。

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

未来は過去にアリ。
子供の頃に憧れた鮮やかで華やかな未来的スーパーカーのデザインは今現在でも色あせず。
ランチア・ストラトスのデザインは永遠に未来的。天才の産物です。
翻ってノスタルジックでセピア色の現在。
・・・時間が存在する可能性はジョン・マクタガードのC系列の時間のみ?

確かに昔(昭和40、50年代)、親父が2代前の国産中古車(ウチはカローラかサニーしかあり得ない:笑)を購入し乗っているとなると、それはそれは「旧いな~」と子供ながらに思ってました。数年落ちのクルマなんですけどね。

たぶん「旧い」の価値観は人それぞれだと思いますが、一つ云えることは、デザインの優れたクルマ、且つあまり見かけないクルマは10年程度経っても色あせず「旧い」と思われないと思います。
マセラティ3200GTはいい例だと思います。

追伸:ちゃんとアバター見てます、たこヨメさま(笑)。

先日宅配便を届けにきてくれた某黒猫さんの若い配達員さんが、うちのギブリを見て「良い車ですね、いつのクラウンですか?」と聞いてきましたよ。(苦笑)
ビンテージ以前に、国内外の区別もつかない時代なのかもしれませんね。

こんばんは!

このネタ、面白いですね~
古く感じる要因はいろいろあるかと思いますが、70年代や80年代当時の5年や10年と、90年代(しかも半ば以降)のそれとではクルマの進歩が全然違うのではないかなと思うのです。
現在から10年前のクルマは全然古くないと感じてしまうのはぼくだけでしょうか??
たこちゃんさまが以前仰ってた「クルマは90年代でメカ的にほぼ完成してる」ということが大きいんだと思います。最近は新車の新しさをあまり感じず、昔は新車が出る度にものすごく新しかったが故、5年落ちですら旧車に感じたのかな~と。
だって、80年代の10年間で考えても、DOHCがいろんな車種に用意され、EFI、インタークーラーターボ、4WD、4WS、リトラクタブルライト、ドアミラー、オートエアコン、、、と字面だけですらメチャメチャ有難い装備だったのが90年代までには一般的になるどころか廃れていったものもあったわけで。(ですよね??笑)

あと、新車か絶版車かという括りだけだと、ミニ(非BMW)とかビートル(非ニュービートル)、2CVなんかはいつから旧車だったのか?と気になってしまいます。なにせ40年間とか基本を変えずに作ったクルマですから。
おそらく、これらは旧車と呼んで差し支えないと思います。でも、ぼくが生まれたあともミニは新車で作ってましたが、小さい頃、普通に旧車というか古くて味のあるクルマだと思ってました。

で、我が205もモデルライフがおよそ10年の車種なのですが、モデル末期から絶版の93~95年くらいの当時って、皆様にはどう映ってたのでしょうか?
周りの新車に比べるとやはり古臭かったのか、それともまだあまり色あせてなかったのか??
個人的にはほとんど同い年なので今でも古臭くは感じませんが、旧車って言われる域なんですかね~

 むずかしーいです!!の一言。どういう車種が、時代を経て旧車になるのでしょうか?みな等しく旧車になるのかな?
 kkmustangさんのいうとおり、ビートル、ミニ、2CVは旧車だね。そのデザインからか。ポルシェは、ナローなら旧車かな?フェラーリは、308まで?328も?

個人的には205は今でも一線級のデザインで、およそ旧さを感じさせません、生産終了近くになっても印象としては「あれっ?もう終了?」でした。そのせいか後継モデルはすべて205の焼き直しに見えてしまいます。
それに比べればルノー5(シュペール)はデザインが踏襲されていたためかデビュー当時から旧かった(あくまで個人的印象)。
205GTI、導入当初は白、赤、黒、ガンメタ、シルバーで最後にはグリーンメタ、ブルーメタが追加されたと記憶しています、あと当然といえば当然ですがGTIはあくまで特別なモデル、205で溢れ返った当時のパリでも見掛けることは少なかったように思います。

一松さま
なるほど!ありがとうございます!!
確かに、こないだ出た208に至っては思いっきりプロモに205を使ってましたし。。。

本国でもGTIは少なかったんですね!
フェイスブック等を見ていると、あちらではGTIのオーナーズクラブが盛り上がっていて、旧車的な価値が高まっているようで羨ましいです(笑)

知り合いの話によると、日本ではプジョーは流行りで乗る人が多いという印象があるようで、ルノーやシトロエンに比べるとオーナーどうしのつながりがイマイチだとか(泣)

その後考えておりました。

中古車とは単に売買の最初でない、という意味。対して旧車とは、車の古さが、その車の持つ個性・時代背景・見る側の思い入れ等と分かちがたく結びつき或いは相乗効果をもつことにより、その車独自の魅力を醸し出しているもの、と考えました。
ですので個性の強さやいつごろの時代かにより車により、旧車になるまでの期間は長短あり、更には人によっても旧車の定義は異なる、と。

玉虫色、だめ?

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