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2015年11月14日 (土)

晩秋に、久しぶりの大喜利大会

 小雨がシトシトと降りそそぐ”ナミダ雨”の土曜日となりました。ヨーロッパの彼の地では、街の中で無差別同時テロが勃発し多くの犠牲者を出してしまった様子で、こういった事件の発生はひとりの人間としてたいへんに悲しく嘆かわしい事だと思っています。政治的な意見とか歴史的背景については当ブログの存在意義と関係ありませんので差し控えますけれど、「それも人間社会の背負った業なのかな」と思いつつ「それでも何とか調和を保って世界中の人々の共生は出来ないものか」と小学生の如くに愚考したりもいたします。たとえテロの実行者たちをこの世から消したとしても、犠牲者は戻ってまいりませんものね。なかなか難しいコトだけれども、「自分(の価値観)ダケが絶対的にも相対的にも正しい」とするのをいっせいに皆がヤメることにすればいいのかも知れませんが・・・個々の素質や住処の気候風土などすべてが均一的に平等であるところからスタートしなけりゃ、コレもまたムリなのでしょうね。あるいは江戸時代の日本みたいに全世界が鎖国するかな。

 ・・・嗚呼、ガラにも無く真面目なコト考えたら結局堂々巡り(泣)。ここから気分を変えてまいりましょう。

 ところで、先日「おぐ」さんから頂戴した”お題御提示”コメントを「スルーしているのではないか(要旨斟酌)」と昨日のコメント欄にて「練馬のH」さんよりやんわりと(しかしながらグサッと:笑)御指摘を賜りました。・・・んなこたぁ断じてございませんっ!実は「おぐ」さんのコメントを拝見した瞬間に「ハイ、頂きまぁ~す」と気持ちは速攻トビ付いていたのですが、近頃常勤コメンテーターさん方のコメントを拝見していると、どうも皆さんがトンデモない激務に晒されて居られる御様子なので、「三波伸介が司会の席に着いて、舞台のヨコには松崎真が座布団抱えて待機しているのに、回答者の噺家さんたちが誰も坐っててくれなかったら大喜利も成り立たないでしょ(いったい何時の時代の”笑点”ぢゃ、コレ:笑)」と思いつつ、ほとぼりが醒めた頃にやろうと思ってました。

 で、その問題のコメント全文・・・

そうそう、今日ふと思ったのですが、最近お題出して書込み募集するネタやってないなあと。

でちょっと考えてみました。(なんか前にもやったようなのばっかりですが。)

・「デポ禁制・マル秘改造計画」あなたのクルマ自由に改造できるなら何をしたい?
・「夢のないクルマ選び」
 ・五十万以下、あるいは○ヨタしばり、○イハツしばり、或いはローバーしばりなど
・「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?
・あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」

などなど。

 ・・・いずれも甲乙つけ難い、(「練馬のH」さんが仰るように)確かに秀逸なお題。本日はこの中から、まずは【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】で皆さんからのコメントを募集いたしましょう。出来るコトならば、そのクルマのドコに踏み外す原因や魅力があったのか、そのクルマとの麗しい思い出、ソレは何才くらいの頃のハナシか、失敗談や旅行記・栄光のエピソードなどなどを中心にコメントを頂戴出来ますと面白いモノになろうかと思います。もっとも、その踏み外した”道”ってナンなんダロな、そもそも(字面通りに”タンボに落っこちたハナシ”なんか送ってくるなよな:笑)。

 そして、特にお若い方のために【「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?】の方も御用意いたしましょう。ジジイなんだけど(笑)”転機となった一台”が特に思い浮かばない方々はコチラのお題でよろしくお願い申し上げます。もちろんドッチも書きたい方は好きにしてちょーだい。

 例(ワタシ自身の場合)

 【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】→いわずもがなマセラティビトルボスパイダー(笑)、根源的には初めての所有車であったスズキフロンテクーペ。エピソードについては、これまで当ブログで何度も記述しておりますので割愛。

 【「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?】→トヨエース(二代目)・・・3才の頃、ウチの自家用車がコレだった。今でも超絶カッチョいいトラックだと・・・ああ、初代ボンゴも捨てがたいなぁ(ウチのクルマにはなったコト無いけど)。

 常勤さん非常勤さん以外の新規参入コメンテーターさん方の御参加もよろしくお願い申し上げます。なにしろ大喜利ですから、ナミダ雨を吹きトバすように明るく楽しくお目出度いハナシがたくさん集まるといいなと願っております。

 これから、ワタシは自動車運転免許更新のため千葉拙宅に帰還いたします。明日の日曜日に、このコメント欄が充実しているコトを祈っている”三波伸介の気持ち”で、そっと待ってまぁ~す(ダレも来なかったらどーしよ:泣笑)。

 それじゃ、また来週。・・・新たな週も皆さんが楽しく元気に御活躍されますように。

 マセラティでイッてみよう!Part2・Part3を通したすべての過去記事への一気到達用ページ(このページが便利ですので”お気に入り”にブックマークしてください)を新設いたしました。

 また、2013年3月4日以前の過去記事のみの閲覧は、「マセラティでイッてみよう!:Part2」で。

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コメント

Iです。
昨日、一昨日とおぐ様、たこちゃん様、練馬のH様、お祝いのことばありがとうございました。なんとか合格に漕ぎ付けました。次は何を受験しようか考え中です。

あとたこちゃん様が「弘前のウマいもの何ですか?」というコメントがあったと思いますが、私も考えたのですが思い浮かばないです。何かないですかね?郷土料理ということで言えば”けの汁”や”じゃっぱ汁”でしょうかね。でもこれって津軽地方全般の料理ですしね。”りんご”はもう言わずもがなですしね。そんな程度ですよ。多分。

転機となった一台はビトルボE。
この一台で道に足を踏み入れたのです。
ちょうど10年前の12月に初めてマイクロデポ社を訪れました。
準備されていたビトルボに心を奪われ、即、購入を決めました。
金、持っていないのに。。。
当時所有していたスプリンタートレノを売り払い、満期を迎えた積立傷害保険の返戻金でビトルボの頭金を工面する事が出来ました。
あれからもう10年。時の経過は早いものです。
44歳にもなったのに何一つサマになってやしないあの日のダメなボク。ううっ。
マセラティに相応しい人物になれそうにも無いワタクシですが、
苦楽を共にしてきたビトルボとその関係者から多くの事を学びました。
これは道なのです。
私はただその道をとぼとぼと歩いているだけですが、仕事にせよ趣味にせよ道を極める方々の日々の精進には敬意を表します。
彼らにしか見えない世界があるに違いない。

・・・どこからともなくスガ○カオの「プログレス」が聴こえてきました。。。

【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】
マセラティビトルボスパイダー:
それは京都に転勤していた28歳の秋。北山の鴨川沿いに豪邸が立ち並ぶエリアがあります(下着の○コールの社長宅他)。その中に、お庭と鴨川が隣接してプライベートビーチのようになっている邸宅があり、一台の赤いオープンカーが見えました。それはまるで映画のワンシーンのよう。。今でも忘れることが出来ません。
低く構えた佇まい、玄人っぽさをも感じさせる少し悪そうなフロントマスク。。「何このクルマ?」。以後、その車を見るために週末毎にその場所に通い詰め、MASERATIであることを知ります(ディーラーの本社も京都どすえ)。やはり京の着倒れか。。ここの人達の感性ってすげーわ。
当時、SAAB900Turbo(やはりTurbo好き?)を3年ローンで購入したばかりで、ほんとはアレがヨカッタのにと少し悔んだことを想い出します。
その後31歳で東京に戻り、二子玉川高島屋の駐車場でブルーセラ×タンのギブリに遭遇します。ワタシは呆然としてその場から立ち去ることが出来ず、1時間ほど眺めていたらオーナーが戻って来て、危うく車上荒らしと間違えられそうに。。こんな経緯にもかかわらず、2台続けてクアトロポルテです(大笑)。だってどれも素晴らし過ぎて選びきれません。
ただ、シャマルだけは別格で、私の中ではまさしくスーパーカー。ランボと同じカテゴリーで遠い憧れの存在です。第一似合わないし。。

Smさんがおっしゃるように、私もマセラティに相応しい人にはなれません。
ほんとに自分のクルマなのか、いまだに疑わしくなることがあります(苦笑)。
でもこうして長年所有することが出来て、心から幸せです。
マイクロ・デポ万歳!!!!

18歳で普通自動車免許を取得してから最初に買った車はスカイラインジャパンでした。
L20インジェクションでノーマルエンジンのコイツときたら、まぁー遅くてハコスカ、ケンメリなどのソレタコデュアルを組んでた先輩からバカにされたものでした。悔しくて頭金無しの3年ローン組んであちこちイジり倒して、たいしてあても無く、もちろんお金も無く夜な夜な走りまわっておりました。でも考えてみたら車が大好きなのは当時も50歳となった今もちっとも変わってないみたい、まぁいきなり最初から道を踏み外しちゃったまま、今だに戻れてないって感じですかね。

【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】!!
 今から10年も前(Smさんと被っている?!)、地方に転勤になり、車屋さんに、車を借りていました三菱コルト、で、車検とかのときに、三菱FTO(ちょっと弄っている奴)を代車で借りたりして。。。楽しんでいました。。。その転勤先で、世田谷のYさんと出会ったんです。Yさんは、ゴリゴリのインプレッサに乗っていました! 転勤先は車好きが多くて、バリバリのR34(500−600馬力)やら、ピカピカのM3(E46)やら、いじくり倒したminiとか持っている人達がいました。。。。車は好きでしたが、それまでは、自分で購入するということを意識したことがなかったんです。まあ3200GTはカッチョイーとか、グランスポーツ欲しーいとかは思っていましたが。
 その後、東京に戻って来て、程なくしてから、世田谷の、あの、あのYさんと勤務先が同じになったんです。。。で、ある日、Yさんからメールが来ました 「買っちゃった355」。。。。

 世田谷の高級住宅街のある駅から 徒歩2分の瀟洒なマンションの地下駐車場に、そいつは潜んでいました。。。Yさまに、「乗る前にお茶でも買っといた方がいいよ」と言われて、ロッソのF355は、Yさまがキーを捻ると、あっけなくV8エンジンに火が入り、地下駐車場は耳をつんざく咆哮に包まれました。アドレナリンがドッと出て、口の中が乾いてきました。しっかり暖気された後、地下駐車場の重いシャッタ−ドアがリモコンスイッチで開けられ、おもむろにF355 ベルリネッタは、夕方の高級住宅街へ。。。歩いている人を下から見上げるように低い車高の赤い固まりは、爆音を奏で、幹線道路から、高速に入り、、、、どこをどう走ったかは覚えていませんが、首都高を流し、また地下駐車場に戻ってきました。。。
自分の購入した1台ではないですが、この時の興奮があったから、グランスポーツを購入したのだと思います。。。

「クルマなんかなんでもいいやー」と思っていた高校生でしたが、はて?なにが転機だったんだろ?やはりアウトビアンキA112あたりになるのか?買えませんでしたけど。
アバルトの蠍のエンブレムが恰好良かった、小さいクルマなのに爆音だし、イタリアっていう未知の国に憧れてたんだと思います。

近頃、昔を思い出し、「あっ俺なんにもしてない人生」と感じます、十分恵まれた人間だと思いますが、自分自身は空ですね。だからビトルボマセラティを見ると、「市販車でまだ無いからツインターボにする」とか「一回取った屋根またくっつけてしまう」とか「V6でギリギリなのにV8乗っけてしまう」とか、ある意味やりたい放題(むろん背景にはブランニューモデルの開発資金難があると思います)の人生への憧れを感じてしまうのかも知れません。はぁー長いなー。

皆さんお晩です!!

道を踏み外したこの一台!!

そりゃ~~あ~なた・・・マセラティ・クアトロ・ポルテⅣでしょ!!??笑
地道に・・地道に・・ドイツ車、あんど国産車に操をささげてきた私に
禁断の木の実を食べさせたのですから・・・・・笑
まぁ~子供のころから車好きで、いつか自分の車をと思っていましたが
やはり初めて自分のお金で購入した車「カローラリフトバックSL1300」が
私の原風景かしらん・・・・・

【「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?】
これはなんだろう? 写真でみたものか、家の車か、近所の車か? ?  3歳前後に、親から買い与えられた車の雑誌(絵本ではなかった、CGなのか、モーターマガジンなのか?)を、ボロボロになるまで、見ていたんですね。そのとき、モノクロのレーシングカー(フロントの一部が破損し、ヘッドライトにX印のテープが貼ってある)の写真があり、おぼろげながら覚えているのですが、車種不明、似ているのは、ロータス11とか、マセラティ200Siとかです!! そのときに見ていた雑誌も見つけてみたいですね。

【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】
踏み外してはいませんが、初めての輸入車となった”シトロエンAX”が輸入車道のきっかけとなった一台で思い出に残っています。
当時会社の先輩がユーノスロードスターを見に行った際付き添いでユーノスディーラーに行き、扱っていたシトロエン車に興味が沸き、アシグルマとして中古のAXを購入。国産車しか視野がなかった自分の視野を広げてくれた1台でした。
その後国産・輸入車問わず面白そうなクルマを乗り継いできましたが、AXに出会わなければ、マセラティにもマイクロ・デポ社にも出会わなかったと思います。

印象に残るクルマは挙げればキリがないですが、クルマって面白いですね。

原風景・・・ブルーバード410のワゴン。物心ついて我が家にいたクルマです。

人生の転機となったクルマ・・・スパイダーザガート。いろんな意味で転機になりました。


あー、頭が廻らないのでごく簡単に失礼いたします。

【「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?】
 小学生の頃、スーパーカーブームがありました。よみうりランドか何かで(違ったかも)いろんなスーパーカー(や、普通の輸入車)を見たはずですが、カウンタックが強烈に印象に残ってます。
【あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」】
 その後はなぜかさっぱり車に興味がなくなり、自分の車がほしいとは思いませんでした。二十台後半になった頃、職場の先輩に誘われ行ったモーターショウで初めてギブリを見ました。衝撃を受けて欲しいとは思ったのですが高嶺の花、とあきらめていました。が、5年後くらいにたまたま中古車でギブリを発見し飛びついてしまいました。(1回目。デポではなかったので、後に後悔)このころ不調があって飛び込みで一度デポさんにお世話になってます。4年ぐらい乗ったのですが、島への転勤を機に手放してしまいました。
その後、軽を足にしていますが昨年デポにギブリ入荷ときき、即決はやめようと思っていたのに、速攻で見に行って即決(2回目)してしまい今に至る、と。専門店と輸入車販売店の違いを今更ながらに実感しています。(感謝)長文失礼しました。

流石は先輩の皆さま
素敵なエピソードばかりですね
何の変哲もない私のコト書いてもな~
と思いつつ書いちゃいます(笑)

「原風景」トヨタ・ダイナ
亡父が鳶職でありましたため、我が家には常に2tダンプがありました。
よくこいつの荷台に載せられ、現場へと連行されたものです。(時効)
「車乗るならオープンカー」と幼心に決めたのはきっとそのせいです。

「踏み外し」アルファロメオ・アルファ145
初めて所有した異国車で、これ以降
「なんか違うんだよな~」→とっかえひっかえ
を繰り返してようやくデポさんに辿り着きました。
車種がどうこうではなく
「どこから(誰から)購入するか」
が肝心なのだということに
早く気付けばよかったのですが(苦笑)

あー、皆さん日曜日だと云うのに、アツいコメントを有難うございます!午前中に幕張に行って免許更新してきました。ゴールドだよ、ゴールド!(笑)長らく道を踏み外してたからな。次の更新、57?⁉えええー❗

クルマの原風景はVWビートルです。
物心ついた頃、家にあったクルマはビートルでした。
小学校1年生の頃ですから35年ほど昔の事。
趣味グルマでは無く、実用車として信頼性のドイツ車と言う事で実家にありました。
車内は狭く、金属バネの入ったシートは固く。送風機付きだったけどクーラーは付いてなかったような。握りが丸く、長いストロークのマニュアルミッションでした。
エンジンもポンポンと子供ながらに変な音でした。決して快適では無かったのですが、おぼろげながらも記憶に残っております。
その後、マツダ・ファミリアに買い替えたら快適快適。この後、実家は20年程ファミリアを乗り継ぎまして、一時などセダンとワゴンのファミリア2台体制でした。
でも、記憶に残っているのが何故かビートルなのが不思議です。

弘前のグルメ、なんでしょうか。バラ焼き?丸源のタレ?煮干しラーメン?

・あなたの転機となった一台「このクルマで私は道を踏み外した」

こんな面白いネタがあったとは(笑)
忘れもしない1969年、庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」(のあとがきだったでしょうか)で彼の愛車Citroen SMを観たのが運の尽き。
中学生の初(うぶ)な少年に凶悪な感染力を持った猛毒でした。
だからCitroenの次にMaseratiなんて間違いを犯してしまったのさ。
因みにファントマで空飛ぶDSを見たときも、「大頭脳」の真っ二つになったDSも全然感染しませんでしたが。何故だろう。

 ・五十万以下、あるいは○ヨタしばり、○イハツしばり、或いはローバーしばりなど

ローバー縛りなら何の疑問もありません。
未だにローバー75は憧れです。
今でも時々観るんですが、やっぱり素敵。

・「あなたのクルマの原風景」物心ついて最初に記憶に残るクルマは何?

押さないときの記憶もありますが、未だに強烈に感じるのは中学の通学路でいつも見ていた「ホンダ 1300 クーペ9」ですかね。
今でも好きかも(笑)

こんばんは!千円でベロベロに酔える大阪最高!大阪エエとこやで~。

私が小学校5年生、いや、4年生の時、マヅダコスモスポーツの展示会が小さな公園でありました。
家から5,6分、繁華街を横道に入ったところにあった公園です。
展示会の事をどう知ったのかはもう覚えていません。
でも、私はものすごくワクワクしながら、確かスキップしながら行った事を覚えています。
スケッチブックと父に頼み込んで貸してもらったカメラを携えて。

白いコスモスポーツが公演の中にいました。
誰も見に来てはいなかった。
私は公園のベンチに座って、コスモスポーツをスケッチしていました。
写真も一杯撮りました。
誰も見に来なかったためか、販売店の方が私に「坊主、運転席に座ってみるかい?」と聞いてくれました。
無論、私は小躍りしました。
座ってステアリングを握ったあの興奮、高揚感を私は決して忘れません。
何と嬉しかったことか。

十分に堪能し、ベンチに戻った私を待ってくれていたのはスケッチブックだけでした。
その後の記憶は全く残っていません。
きっと、ものすごく怒られたことでしょう…
だがしかしsign01子供ながらに私は決心しました。

10年以上後、アルバイトに明け暮れた私が初めて買った車が1967年製、L10Aのコスモスポーツでした。
60万円だったかな?
初めての車で、こいつがたびたび故障しました。
部品を探すのに、全国のマヅダディーラーに電話しまくりました。
当時はコンピューターによる部品管理など出来ていない時代だったので。
数か月動かない時もありました。
その間は自転車です。
まさに泥沼でした。
でも、どこに行くにもこいつと一緒に行ってました。
完調の時は少なかったんですが、九州にも2度ほど行きました。
色もホワイトから(車の白が嫌いなんです、私は)ミッドナイトブルーに塗り替えたし。
どうしても欲しいという方にお譲りし、その後ずぶずぶとさらなる泥沼に入っていきました。
コスモスポーツの泥沼に疲れ果て、新車の世界に行くか、まあ、普通はそうなんでしょうが、私はさらに深い沼に歩を進めてしまいました。
アルファ、ジャガー、ポルシェ、マセラティ…でもコスモスポーツほど小さく、可愛い車にはその後乗っていません。
アバルトレコルトモンツァなんかを足にしたいのですが、天上界はるか彼方へと行ってしまわれました。

もうすぐ無骨なでかい541がやってまいります。
Loveryではありますが。
でもね、いつかはアバルト、ビアルベーロかレコルトモンツァ、そりゃ出来ればシムカ。
無論、SZやチシタリアなども宝くじやtoto次第ですが。
夢は尽きず、私を崖っぷちから跳べsign01跳べsign01とツツキまくります。
ねっとりとしたずぶずぶの世界にGOsign03

ええとお題を採用いただきうれしいです。練馬のHさまにも後出しを発見、支援書き込み、ありがとうございます。

さて、自分で考えたお題に答えを書き込むのもなにかなと思わないでもありませんが、でもまあこの際書いておこうかなあ書きたいなあと思いまして。
御大もついにお出ましになったことでもありますし、ゆっくりと遅出しさせていただけば大丈夫かなあと。いやいやすみません。

とりあえず道を踏み外した一台のほう。=トヨタスターレットSi(EP71改)。簡易なダートラ仕様。25万円。勿論MT。初めて買った自分のクルマ。
父はスバル1100のあとレオーネを2台乗り継ぎ還暦に買ったのが初代プリメーラ1.8。MT。丁度当時免許取りたての自分はそれを借り出してはぶつけたりオイルパンを割ったりタイヤを裂いちゃったりしてまして。
些か申し訳ないのとこのまま走っているといつか痛い目に遭いそうだなと密かに思っていたある時、学生時代に自動車部にいた友人に出会い「安全に運転上手くなりたかったら自動車競技をやれ」とのご託宣に何故か飛びつき。
このクルマには一年弱しか乗ってなかったのです。ほんとに道を踏み外しちゃったので(そういうネタはヤメロと書いてあったかな)。
ですがまああれです、クルマというのは意外と簡単にひっくり返ること。そうして屋根がつぶれちゃうとちょっとでももう直すのは大変ということ。要はクルマは意外と危ない、ということをこのクルマには身をもって教えてもらいました。
でこうして一台申し訳ないことにしてしまったからには、ちゃんとやろう、と思い込み、すぐに同じ車をまた買って、使えるパーツを移植して、ダートの文字通り泥沼に落ちていく転機となった一台ではありました。そして人知れぬ栄光の一台はコレの次、ということになります。

うーん懐かしいな。

旧ネタへのコメントは誰も見ないでしょうが間違い訂正。
SMの発売が1970年だから庄司薫さんは1969年にはSMに乗れないですよね。70年の話だったのかな?
半世紀近く昔の記憶は曖昧です。

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